坊守日記(4月)
坊守日記(4月)
お寺の前の公園「おやまの公園」の桜の花がちらほらと咲き始めてきました。
坊守は桜の花を見ながら、「桜の木・土・水(雨)・・みんな、今年も、桜の花が咲くことができました。
ありがとうございます」って、坊守はこのような気持ちになりました。
なぜならば、ひとつは、アメリカのトランプ大統領は一転して、イラン側との対話が合意に至る可能性が
非常に高いと主張しましたというニュースを聞いたこと。
日々、戦争をしてはいけないとわかっているのに、爆弾が落ちる映像を見て「やっぱり、戦争はやめてほしい」と
つぶやくだけしかできない坊守です。自分が自分のことを大切にするように、ほかの人のことをどれだけ大切にでき
るかを問うことで、まずは争いのない一歩になるような気がします。心がけたいと思っています。
もうひとつは、先日、京都・西本願寺のご晨朝(6:00から)にお参りさせていただいきました。
その日は、前門さまがご出勤されたこと。
歩行器を使い、ゆっくりゆっくりと本堂にお姿が見せ「なもあみだぶつ・なもあみだぶつ」
前門さまのお姿を拝見すると
・がんばらなくていいよ
・いいんだよ、いいんだよ
・ありのままの自分でいいよ
と、話かけてくれているかのようで、いつも、ちょっぴり涙してしまう坊守がいます。
すぐに涙するので子ども達から「ママ、大丈夫??」と心配されることも日々、多くなっています((笑))
一緒に歩いていれば歩く速さを気にしてくれたり、皆の会話の内容がわかっているかの確認だったりと
「大丈夫」と声をかけてくれます。優しい子ども達だな~と思えばいいのですが、つい坊守は
「大丈夫です、できます。とか、わかります。」と冷たくあしらい、まだまだ、お世話になりませんからと
強気な態度に出てしまいます。
こんな、ことわざがあります。老いては子に従え=家庭の平和を保つだけでなく、年長者が周囲と調和して
生きるために重要だといいます。
親鸞聖人の御消息に「世の中安穏なれ仏法ひろまれ」とあります。人間の我執による愚かさを本当の意味で
知らされるには仏法に遇う必要があるといっています。
どこか殺伐とした今日この頃、こういった時だからこそ阿弥陀さまのおはたらきをよろこび、怒ったり
ねたんだりする自分のありさまを見つめ、ともにお念仏をよろこぶ日々をおくりたいと思います。
だからこそ、桜の花を「綺麗だな~」だけではなく、花もただ咲いたわけでもなく、いろいろな条件と
いろいろなおかげさまで咲いていることを感じたかった坊守がいました。
明日ありと思う心のあだ桜 夜半の嵐の 吹かぬものかは


