坊守日記(11月)
報恩講とチャリティーバザーのご案内
坊守日記(11月)
このたびの各地での災害に際し 心よりお見舞い申し上げます。
うわ~今年も残すこと、あと2ヶ月です。早い!時が進むのが速すぎです。と
感じるのは坊守だけでしょうか?陽が沈み、外が暗くなるのも早すぎです。
毎年、11月は、大切な法要「報恩講」を勤めることができるよう坊守の頭の中を集中させます。
しかし、今年は長女の二人目の孫の出産予定日と東京教区寺族女性会の30周年の法要と祝賀会が12月に
開催されるための習礼があったりと少々頭を混乱させてしまう予感がします💦
(1日1日穏やかに過ごせるよう、早め早めの準備をしたいと思います)
坊守は朝5:00過ぎには目が覚めます。
(後、30分ぐらい寝ていたいと思うのですが、目が覚めてしまうが本当です)
子どもたちが学校に通ている時分は、朝、早く起きることが苦痛で、あと5分、あと5分と目覚まし時計の針を
直しては、ギリギリまで寝て、急いでお弁当を作ったりしたものです。
今なら、高級なお弁当が作れるぐらい時間に余裕があります((笑))
早起きは三文の徳
朝早く起きると少しでも得になる良い事があるという意味のことわざです。
ここでの「三文」とは「ごくわずか」「たいした額ではない」というニュアンスです。(kotobank.jpより)
日曜日の早朝に「こころの時代」という番組を見ることもしばしばあります。
ある日の番組では、お寺の3男さんに祖母が地獄と極楽の違いを教えてくれたお話しの場面がありました。
地獄と極楽にいる人は、1つだけ同じものを持っていて、それは、約1メートルもある長い箸です。
まずは、地獄。
自分の腕よりも長い箸ではどんなに頑張っても口に食事を運べません。
飢餓状態の彼らの目の前には美味しそうなご馳走が並べられているのに、
たったの一口も食べることができなかったのです。
次は、極楽。
極楽の人はその長い箸で食事をはさむと、目の前の人に「はい、どうぞ」と言って口に入れてあげたのです。
お互いに食べさせ合っていたのでした。
地獄も極楽も、全く同じなのです。同じ食事を前にして、同じ長さの箸を持つ。
自分の幸せだけを願うのか?他人よりも自分の方がより良い思いをしたいのか?
そういう思いが地獄を作っていくことをこのお話から気ずかさせていただきました。
早起きは三文の徳とは、この時間のことだと思いながら、60歳の坊守は、西本願寺や築地本願寺のご晨朝、
ご法話の時間に、テレビの画面(YouTube)を通してお参りさせていただいています(合掌)
坊守日記(10月)
真っ赤な「彼岸花」をいろいろな場所で見かけます。また、朝夕の「涼しい風」や「虫」の声など急に「秋」を
感じることが多くなってきました。
しかし、最近は毎日毎日といっていいぐらいの雨降りです。朝起きた時の心が「今日も雨か~」とやる気スイッチが
入らなくなってしまう坊守がいます。
今年のお彼岸(20日~26日)には、子ども達がお手伝いに帰省してくれました。
また、シルバーウイーク
※5月の大型連休「ゴールデンウィーク」と対になるように名付けられました。
敬老の日を含む連休になるのでシルバーという名前が使われたとも言われています。
でもあったので、長女家族も合流をして、夕飯を一緒に食べる時間がありました。
合計7人(大人6・2歳児1)なので予約をしました。
お店のロビーは、待っているお客さんがたくさんいましたが、「予約をしている西です」と伝え、スムーズに席に
座ることができました。この時、娘に声をだして「よかった~予約をしておいて」とも言わずに、目と目を見合わせ
「ニヤ」として、お互いの気持ちを感じことができました。
その後、坊守は小学校5年生の「音楽の時間」の出来事を思い出してしまいました。
音楽の先生がなぜか?急に大きな声で怒りだし、音楽の授業が中断している時に、
坊守(その当時は、かなちゃん)が友だちと目が合い、「ニヤ」とした瞬間に怒っていた先生が
「かなちゃん、なに!先生に文句でもあるの」
と、またまた怒り始め、音楽の授業は先生の怒り時間で終わりました。
友達からは
「かなちゃんのせいで、ずうっと怒ってたじゃん」
と責められたことです。
60年生きている中で、イヤな思い出の1つだったので先生が何に怒っていたのか覚えていませんが、
先生の名前も顔も鮮明に覚えています。
11歳の時のことを思い出して、「目を見合わせる」の意味を調べることに
互いに相手の目を見ることを指します。
また、他の人がどういう態度に出るかをうかがったり、驚きあきれたりして、互いに言葉もなく
顔を見つめる場合にも使われます。
先生には太字のかなちゃんの態度にしか見えなかったのでしょう。
当時のかなちゃんはきっと「なに怒ってるの~??」とあきれたような態度で、友達と目を見合わせた
ことでしょう。大人だった先生は、11歳のかなちゃんの気持ちは、お見通しだったことがわかります。
恥ずかしい思い出です。
坊守日記(9月)
「暑い、暑い」と、言いながら過ごした8月もあと1日で終わります。
テレビをつけるたびに、地震・水害の被害の映像に心が痛みます。当たり前のように水が出で、電気が使え、
屋根があり、寝床があること、生かされていることに感謝を覚える数が増えます。
1日でも早く穏やかな日常が戻りますこと心より願っております。
夏の坊守のルーティンは、本堂のお内陣の仏花にお水を挿して、外の植物にお水、メダカの水を足しご飯をあげ
ホッとします。ここ涼しい日が続いていることから、起床してから、バタバタと動く必要がありません。
だからこそ、気がついたお話しです。
下駄箱に息子が帰省していたので多くの靴が並んでいましたが、京都に帰ることからスッキリ。
そこに住職の最近、買い求めた「サンダル」が真っ直ぐ置かれていないことが目につきました(坊守の悪い性分です)
何回か下駄箱の奥までサンダルを揃えて置くと、かかとの部分の2cmぐらい左右が合いません。
もしかして!サンダルのそこを確認すると、右には「6」左には「8」と印字されています。サイズが違うのです👀
記憶は、買い求めた時に戻ります。
息子と買い物に出かけた時に、住職の履いているサンダルの底が削れ、穴が空いていることを知っていたので、
靴屋さんで手頃なサンダルを見つけたので、息子に履いてみて
息子:パパは「6」でしょ。
坊守:このサンダルの「6」をください。
店員(女の子):お待ちください。探してきます。
~探してくると言ってから、だいぶ時間も経過しています~
店員:ありました。と、箱ごと坊守に手渡しました。
長々と時間がかかったことから、坊守も確認せずにレジに急ぎ足になり、買って帰りました。
あの時、店員もレジさんも坊守もサイズの確認をしなかった為に、こんなことが・・・
夏のセールも始まり、買い物客も多く、落ち着いた様子でなかったことを思い出しました。
そして、住職に
坊守:サイズが違うサンダルを履いていて、違和感を感じなかったの❔
住職:え!嘘。
坊守:嘘は言いません。
住職:知ってしまったら、違和感だらけで、困惑💦
時間に余裕を持って下駄箱掃除をしたら、気がつかなくてもよかった❔ことに気がついてしまいました(笑)
「蓮」
泥に根を張って綺麗な花を咲かせるのが「蓮」です。
西願寺では、蓮を育てています。6月から7月に花を咲かせてくれます。
4日間ぐらいで散ってしまいます。
泥の入る、そして、メダカのいる大きなバケツに根が張っています。
泥があればこそ、綺麗な花を咲かせることができます。
泥の中から、素敵な花を咲かせる蓮に、仏さまの教えを感じます。
仏さまをたとえる花として蓮をとても大切にしています。
『阿弥陀経』には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」と、
お浄土で色とりどりの蓮が輝くことが示されます。
先日、門徒推進員さまから西願寺に届いた「蓮」
お盆中お荘厳させていただいています。
素敵な蓮をありがとうございます。












