坊守日記(4月) 【更新4月2日】
坊守日記(3月)
春が来た、春が来たどこに来た~🎵と
歌いだしたいぐらい暖かい日が3日前に。
今日は、寒くて寒くて、暖房設定温度を2℃
上げるような寒い日になっています。
寒暖差疲労に気をつけて、体調管理をしてください。
今日は、お昼ご飯を食べ終えたら、急に睡魔が襲ってきました。
息子が福井県から、卒業式だけを残しての帰省をしています。
毎日、することもなく過ごすのは飽きるので、大学生活に向けてほしい物がたくさんあるので、
早朝から短期バイトに行っています。1日目は昼食を「コンビニ」で買いました。
1,000円ぐらいの昼食代と自分が働く1時間分のお給料が変わらないことを学び、
帰宅した途端に「明日から、おにぎりを3個作ってほしい」と、頼まれました。
これが、睡魔の理由なのです。(坊守は、息子におにぎり代を請求したい! 笑)
食べ終わり片付けをしないまま、ソファーに横になり、寝ていると、
バタバタ、ガタガタ。どうかしたかしら・・
住職が仕事を暖かい2階でしたいので、食器を片付け始めたのです。
坊守「寝ているのに・・」
住職「寝ていていいよ・・」
坊守「だったら、1階で仕事をして・・うるさいから」
住職「気にするな!」
坊守 頭にきて、起き上がり片付けを始めると
住職「ここでは、仕事をしたくなくなった・・」
1階へ降りていく足音が聞こえた途端
坊守 大きな声で
「わたしは、住職が寝ていたら、静かにしているのがわからないの~寝ている時に、
子供たちが騒がしいと、静かにしろ~と怒るのはだれよー」
と、カ~ッとしてしまいました。
ニヤニヤしながら、娘が、わたしの顔を見たので
坊守「なに!(怒り口調)」
娘「別に!ニヤニヤするしかないでしょう~」
しっかりと目も覚め、きちんと考えれば、妻・坊守としてまた、
母として、感情のまま、些細なことに怒った自分が大人げなく、恥ずかしくなりました。
物音に気が付いても、寝ていられる坊守になっていれば何事もなかったのに~と、後悔しました。
坊守日記を書きながら、「角隠し(つのかくし)」の意味をお味わいしながら、
●● 「角隠し(つのかくし)」の意味 ●●
光り輝くような、白無垢の花嫁衣裳。誰しもが、「よかったね、おめでとう。おしあわせに」と、
声をかけてあげたくなる晴れ姿です。
ところで、和式の婚礼衣装の場合、花嫁さんは「角隠し」と呼ばれる頭飾りをかぶります。
不思議ですね。頭のどこを探しても「角」なんかは生えていません。
人間だからツノなんてないのは当然です。それなのに、どうして角隠しをかぶるのでしょうか。
実は、今は花嫁さんがかぶる角隠しは、昔、浄土真宗の女性のご門徒が、
お寺にお参りする時にかぶった物だったのです。
頭を触ってもツノはありません。けれども、人間誰でも心の中に邪見(じゃけん)というツノを持っているのです。
邪見とは、よこしまな誤った考え方であり、「我が」という自己中心の物の見方です。
そんなよくない心が、ツノのように外に突き出てきて、他人を傷つけてしまうのです。
一皮むけば、恐ろしい角の生えた鬼であると気づかせてもらうことが、仏さまの教えに出遇うということです。
だから角隠しは、「ツノのある、あさましくお恥ずかしい私であります」という表明になるわけです。
女性がかぶるからといって、男性にツノがないということではありません。
「ようこそ、ツノのある私の夫になってくださいました」
「こちらこそ、ようこそ妻になっていただきました」それぞれが心の中で拝み合って、
なるだけツノを出さない人生を始めていく。これが仏前結婚の心です。
『仏事の小箱』菅 純和著より
坊守のツノ❓、そして、「縁は異なもの」ということわざを、西願寺新聞=響流に
人間は誰でもひとりで生まれ、ひとりで死んでいきます。しかし、縁があれば、人生の中で他の人
と生活を共にすることもありましょう。親鸞聖人も恵信尼さまとご結婚され、お二人で念仏の教え
を依りどころとして生きていかれました。その生活のご様子は、ともに敬い信頼をもって助け合う
もののようであったと思われます。
「縁は異なもの」ということわざがあります。「他人である男女が結ばれて夫婦になる、そんなご縁
というものは、人の力を超えた不思議な力が働いている」という意味です。不思議なご縁にこそ、
本当の妙味があるということでしょうか。
不思議なご縁にこそ本当の妙味があるということでしょうか。この住職の書いたお話が、
今月の坊守日記の「落語」でいう「落ち(さげ)」のように、に感じ、
心が読まれていたことにドキドキしました。
坊守日記(2月)
春先のように暖かい1日だったり、灰色の雲に変わり、今にも雪でも降ってきそうな寒~い1日になったりと、この大きな気温差をわたしに教えてくれるのは、本堂前にいる「めだか」です。寒い日は、鉢の底で、動くこともせずにじっと。暖かい日は、足音がすると、鉢の底から上がってきてくれます。頭が良いなーと関心してします。どうぞお参りの際には、鉢をのぞいてみてください。
コロナ禍でつねに感じることは、行事・ご法事・ご相談・・と、お参りされた皆さまに、「お茶をどうぞ!」「お茶でもいかかですか?」と、一言が言えないことが辛いことです。
新しい西願寺建設に際して、坊守として希望(夢)を語った1つは、本堂から移動して、お参りした皆さまが、お茶が飲みながら、座談ができる部屋「客間」を設計してほしいでした。
🌸ご法事で久しぶりに再会した方々が
🌸報恩講・寺友クラブ主催の新年会・法話会お盆会・お彼岸会・浄書の会など
🌸西願寺を訪ねてくださった方々が
🌸寺友クラブの会員の皆さまが、多目的室として、ご利用していただく
ことを願いを込めて設計していただきました。
そんな今、ご案内できない寂しさと皆さまのお声が聞こえない寂しさに「コロナウイルス~早く消えろ~」と、大声で叫びたくなります。
晩になると「今日も1日が早かった~」と、住職に話す時があります。そして、暮れになると「今年も1年早かった~」と話します。昨年は「1年間コロナとお付き合いしていたなんて、噓のよう」と、定番の「早かった」の言葉よりもやはり「コロナ」という言葉は勝ってしまいました。
広島県のご住職からの年賀状を、西願寺の掲示板でご紹介させていただいています。
怖いのは
人間だった
≪輝け!お寺の掲示板大賞2020≫
【講評】コロナウイルスの恐ろしさが強調された1年でしたが、それと同時にマスク騒動やコロナ差別などで、人間の醜さが強く表れた1年でもありました。仏教を通して人間(自分自身)の煩悩をもう1度見つめ直してほしいと願いを込めて、この作品を大賞とさせていただきます。
(仏教伝道協会ホームページより)
法語(浄土真宗本願寺派・東京教区少年連盟)
坊守日記(1月)
昨年は多くの皆さまに助けていただきながら、ご本尊さまをお迎え、新しい西願寺のスタートを始めさせていただくことができました。
ありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします
12月に入り、日々、増加しているコロナ感染者数。夏過ぎまでは、東京の感染者数が100人超えるたびに、ドキドキしていたのに、昨日(12/26)の東京の感染者数は949人まで増加していました。
年末年始の帰省も困惑の中での決断です。
息子も福井県から帰省してきましたが、感染者数0人の福井県に無事に帰せるように、何をしたらよいのか?外出を控える・マスク着用・手洗い・うがい・消毒・・・・本当に、コロナウイルスに色が着いていて、目に見えたらいいのにと思うのはわたしだけでしょうか?
コロナ終息はいつになることでしょう。
先日、わたしが「おばあちゃん」と呼ばさせていただいてる「おばあちゃん」からお電話をいただきました。
久しぶりの元気なお声は、懐かしくも嬉しくもありました。いろいろなお話をしてから、最後、やはりコロナ禍のお話に
坊守:コロナ禍でなければ、すぐにでもお参りしていただき、お会いしたいです。
≪おばあちゃんからのお話≫
そうね~
でも、わたしは幸せです。
コロナ禍で不自由な生活かもしれないが、ご飯が食べれて、温かいお部屋にいれるのだから。食糧もなく、家もない時を思い出したら、外出できないぐらいは我慢できます。
苦しい時代を生きてきたことに、感謝しています。
このお話をした時に、コロナ禍の様子を、このようにお話できるおばあちゃんを尊敬してしまいました(惚れてしまいました💛)おばあちゃんのお話から、心を豊かにしていただくことができました。ありがとうございます。
デジタル化されつつある時代!人と人とが会話もしないで生活ができる時代!では学べない「おばあちゃんとの会話」は、わたしにとって、貴重な経験でした。
ホームページ・インスタグラム・YouTube発信など、コロナ禍で学ぶこともいっぱいあります。しかし、是非、そこが当たり前の世界ではなく、お話を聞き、お話ができる場があることを大切にしていかなくてはいけないと感じる時間でした。その大切な場の1つが「西願寺」であれるよう、ここから、住職と一緒に再スタートしていきます。 合 掌
初お晨朝

若林仏具製作所さまによって、お内陣に阿弥陀さまがご安置されました。
12月2日(水)6時30分
新西願寺で、初めて、住職と坊守でお晨朝をお勤めしました。 合掌